介護の仕事について15年経った

未分類

私が介護の仕事について、早や15年。

今から15年前、ちょうど40歳の時に介護の仕事に就く決意をしました。

介護の仕事に就く前は何をやっていたのか?

2年遅れで大学に入った私は、25歳で社会人になった。

28歳で結婚をし、これからの生活のためにも仕事を頑張るぞ!と士気をを上げつつ気持ちを引き締めていた。

仕事は製造業で事務系(購買業務)の業務についていたが、35歳の時に親会社が海外に製造拠点を移す低コストの海外生産にカジを切ったことで国内製造工場を閉鎖。

同時に私は東京への転勤を迫られたが拒否。

結果、会社都合で解雇になりました。

務めていた会社が閉鎖になり一度自分を振り返った。

私は子どもの頃から要領が悪く、勉強の成績も常に中の下。

運動は好きだったが体育の成績も5段階評価で2だった。

グループ学習では居るだけの存在。チームスポーツではいつもお荷物。

場の空気を読めないところもあり、今で言う行動障害だったのかと思ってしまう。

中学生になったら学力は顕著にテストの結果で順位付けされ、否が応でも自分のレベルを認識されることになった。

一方で部活動で陸上部に入り、遅いながらもコツコツと練習をしてきた。

学業は相変わらずで公立校に進学できず、私立校に入学した。

また陸上は高校でも続け、気がつくとリレーメンバーに選ばれるほどになっていた。

 

高校卒業後は先述したとおり大学受験に落ち、浪人生活を送る。

目指したのは体育大学。陸上では県大会止まりのレベルで、一般受験で関門に挑んだ。

それでも普通に学力があれば受かるものだが、結局2年かかってようやく大学に入ることができた。

大学はオリンピック選手を何人にも輩出するいわゆる名門だった。

そこでも陸上部に入部するも、年下の先輩や同級生との関係にとても悩むことになった。

空気を読めない鈍感な私だから、体育会の陸上部に憧れだけで入部してしまい、現実を知って辛い日々を送ることになった。

しかし、鈍感な私だから環境に慣れることができたのだと思う。

人間関係はすぐに解決できた。辛くとも楽しい大学生活だったと思う。

次にいざ就職を決める段階で体育会陸上部で慣れきったコンフォートゾーンから抜け出すのに苦労した(1年生は奴隷、2年生は平民、3年生は天皇、4年生は神様の世界)。

勉強をろくにしなかったくせに態度だけは天皇か神様になっていたと思う。

努力を忘れた人間に明るい未来が待っていることは無かったと今にして思う。

それが働き始めてからの迷走へと繋がっていった。

今度は製造業で営業マンに。

振り返りが長くなったが、転職後について。

36歳で製造業の、今度は営業職で再スタートを切った。

従業員は100人程度の小さなメーカーだったが、営業範囲は全国であった。

毎日のように近場の取引先、県外の取引先、全国へ新規開拓など回っていたが、とにかく忙しかった。

会社を出るのは毎日22時~24時。毎週土日休みだけどサービス出勤を重ねて月に4日程度しか休みが取れなかった。

取引先に無理な納期を突きつけられたことに・・

ある取引先(誰でも知ってる大手企業)でのこと、私はある機械部品の納品を行っていたがその時に取引先の担当から、「この部品が急遽、追加依頼がかかってね、悪いけど明後日までに納めてくれるよね。」

けっこう手のかかる部品だったので、納期も簡単には縮められないのに徹夜でもしなければ間に合わない納期を突きつけてきた。

「とても無理です。」そう答えると、「おたく自分の会社の立場分かってんの?」すぐに言っている意味が理解できなかった。

「うちは世界相手に輸出をしているメーカーだって分かるよね?納期が命なんだよ。

あんたの会社はうちから仕事を回して上げてることが理解できないの?」

「急ぎで必要なのは理解しますが物理的に今の工数では難しいです。」

そう答えてから、その担当者は「言ってること分かんないかな?力関係でみてもNOという答えは無いでしょ!」

言われていることを理解したときに鈍い私でも何かに気づいた!

立場の違わない相手から優劣を付ける発言

今までそれなりに信頼関係を築きつつ取引をしてきた担当者と思っていたが、この担当者も恐らく会社から無理な納期を迫られたのだろうと察した。

会社規模で力関係をひけらかす担当者に「サラリーマンだからね」と思う気持ちと「立場が変わらないのに大きな会社だからって上から目線でものを言えるんだ」と嫌な部分が見えたことで心の中である気持ちが芽生えた。

この時 私は40歳になろうとしていた。

会社規模の力関係に社会の縮図を見た

私のこれまでの半生を思い返した時に、これまでの生き様があって今の立ち位置に居るんだという流れが見えた。

だから力関係で下に見られる会社に居るのも、なるべくしてなった現実なんだと。

こんな嫌なことばかりでは無くても、常に下の立場に見られながら付き合っていくんだ・・。

自分が作り上げてきた今の立ち位置だけど、こんな嫌な思いを度々しなくちゃいけないのかな?

鈍感な私が初めて自分の生き様に疑問を感じた瞬間だった。

年齢はアラフォー。子どもがこの時に長女10歳、長男5歳になっていた。

 

 

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました